母の里帰り

中央上右の建物が廃校になった学校です。

早いですね〜〜。もう、2月です。

実は1月の終わりに母親の兄さんが亡くなったので、母親の実家である徳島県に行ってきました。とても山奥なので朝方は氷点下5度とかでした。
久しぶりに兄弟や子どもたちが集まったので、皆んな夜遅くまで起きて話をしていました。僕はそうそうに寝ていましたが… ^^;、

そこは、完全に過疎化で、一山に数軒家が残ってるだけなんですね。村に1つあったお店も数年前におばあさんが90歳を超えていたので、子供のところに引き取られていきましたから、買い物をするお店は0です。まぁ、すごいところです。

僕が数年前に住んでいた長野県売木村よりも、は・る・か…に田舎です。よくこんな場所に人が住んでるな〜という…。でも、母親が若い頃には学校もあって。まぁ、小学校中学校合体の小さな学校ですが。どんな生活をしていたか昔話を聞くことがあるのですが、それはそれは想像を絶する感じです。

小学生頃に電気が通ったと言っていました。それまでは俗にいうランプ生活ですよね。僕が小学校の頃に帰った時も、明石でやっていた漫画の番組も半年遅れで放映です。TVチャンネルは3つしかありませんでした。NHKと教育テレビと民放1局です。
大人になってから思ったのが、本州の田舎は四国などの島国の田舎とはレベルが違うということです。今では明石大橋ができましたら、ものが行き来しますが、昔は船ですからね。何も無かったです。物も情報も無い世界! ^^;、

そうそう、思い出したのは、その母親の実家の家を僕の父親が生前に母屋の方を改築したんです。よくもまぁ、こんなでかい家を一人で改築したものだと、つくづく感心しました。その家を亡くなった伯父の息子が最近少しリフォームしてて、居間に薪ストーブを設置してました。やっぱり自然のぬくもりというのは良いですね。薪ストーブがあるだけで空間がお洒落になるし、本当に暖かい。

さて、次はいつ徳島に帰るんだろう…? もう、皆んな良い歳なので、頻繁に2〜3年には帰るのだろうか…なんて、思ったりしてしまう。まぁ、元気で長生きして欲しいものですね。(^^)